お金がない私

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お金がないって本当に恥ずかしいことなのですか?

水曜日, 10月 21st, 2015

お金がないという方の中には、それを恥と感じている方も多いのではないでしょうか。
しかし、どうして人間はお金がないと恥ずかしいであったり、悪いことであるように感じたりしてしまうのでしょう。
それは、人間が古代から培ってきた競争本能なのか。
それとも、資本主義的思考によって形成された新しい人格なのか。
いずれにしても、冷静に考えれば考えるほど、お金と人間の関係というのは分からなくなってしまうものです。


お金がないとは一体どういった状態であるのか

多くの人間がこれまで一度は言ったことがあるであろう「お金がない」
しかし、お金がないというのは一体どういった状態を指しているのでしょうか。
お金がないと言っている人の中で、本当に一文無しという状態まで追い込まれたことのある人は少ないでしょう。
また、周囲からはどう見ても裕福であるのに、お金がないから~と口癖のように言っている家庭もあります。
もはや、主婦の間では一種のマナーとしてこの言葉が使われている節もあるのです。
そう考えると、お金がないという状態を恥ずかしいと感じているのかどうかも危うくなります。
しかし、実際に生活が苦しくなると人は消費者金融などからお金を借りますが、そういった人たちはお金を借りているということを隠したがるものです。
やはり、本当にお金がない状態というのは、恥じるべき姿であるという認識はどこかに持っているようです。
以上のことから、「お金がない」という言葉には、色々な意味が隠されているということに行き当たります。


一つの謙遜として使われる場合も多い

上記のように、本当にお金がない状態というのは恥じるべき姿として多くの人が捉えているようです。
そのため、主婦などが「うちはお金がないから~」と語っているのは、自分を卑下することによって相手を立てる、一つの謙遜ということが分かります。
確かに、日本人というのは謙遜する傾向が強いため、多くのシーンでこの言葉を耳にする機会があるのです。
たとえば、日本よりも貧富の差が激しいはずの米国の方などは、日本人の家庭とくらべてもお金がないという言葉を使う機会はありません。
米国というのは多文化との交流が頻繁なため、謙遜をしていたのでは自分の意図が伝わらないといった状態に陥るからです。
そのため、お金を持っているはずなのに、お金がないというのは日本独自のユニークな文化であることが分かります。


お金がないことを恥じるのは日本独自?

しかし、お金がないことを恥じるというのは、日本だけにある考え方なのでしょうか。
確かに、日本人というのは周囲と違うことを極端に嫌がるため、周りの人と同じ水準で生活が出来ないということを恥じている人は多いようです。
日本に住む日本人の割合は95%を超えているとも言われており、諸外国を見てもこれだけ自国民だけが住んでいる国はかなり珍しい部類です。
そういった環境も、人と違うといったことを嫌う原因につながっているのでしょう。
では、異国の人たちと共存している方たちは一体どうなのでしょうか。
彼らは、生まれた国によって最初から大きな経済差にあることが多く、南米や東南アジアなどから渡米してきた人たちは比較的貧しく、欧州や経済大国であるアジア諸国から来た人たちは比較的富裕層が多いようです。
そのため、経済差というものを国による違いと捉えることが多く、反発などのトラブルに発展することはあっても、恥を感じる文化は少ないように思えます。
しかし、米国では昔WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)と呼ばれる、富裕層の白人たちを指す言葉というものがありました。
WASPの多くは黒人の奴隷たちや、白人であってもアイリッシュの貧しい人たちを蔑むものと捉えており、お金がないという状態を一種の恥じるべきものと捉えていた人も多いようです。
こういった状況は、映画タイタニックの富裕層たちの言動を見ていればよく分かるとは思います。(実はあの作品、壮大なラブストーリーとしても傑作ではありますが、こうした当時のアメリカ人やアイリッシュの方たちの描き方という点でも、非常にクオリティが高い作品なのです)
しかし、タイタニックの主人公であるジャックがそうであったように、蔑まれる人たちというのは案外恥とは思わないもので、むしろWASPという言葉は、虐げられていた側が裕福な白人たちを揶揄する意味で作られたという説もあるほどなのです。


お金がないというのは結局恥なのでしょうか?

上記のことを考えてみると、お金がない状態を恥であると感じているのは常にお金を持っている方たちであるような気がします。
「あんなみすぼらしい格好をしたくない」
「あんな質素なご飯を食べたくない」
そういった一種の恐れが、お金がない状態を自分とは違った世界のもの、恥であるという風に感じさせるのではないでしょうか。
しかし、実際にお金への執着を手放した人たちというのは、今の状態を恥であると考えている方は少なく、むしろ、この状態で人生を楽しむことに力を注いでいるような気がします。
結局のところ、お金がないことを恥じるという行為は、人間の臆病な一面を映し出しているといえるのかもしれません。